『優しさ』の履き違え
- 総合「性」サービス TiME 女性障害者様専門

- 5月8日
- 読了時間: 2分

こんにちは。
TiMEの二ノ宮です。
先日ご紹介した「お金を貸してほしい」というメッセージについて、私自身、改めて深く考えていました。
「困っているなら助けてあげればいいのに」
「人の心があるなら、少しぐらい……」
そう思う方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、私はそうは思いません。
安易に「貸す」という選択をすることは、優しさではなく、ある種の「無責任」ではないかとすら感じています。
1. 「甘え」と「自律」の境界線
どのような厳しい環境に身を置いているとしても、他人の優しさを「人質」に取って自分の要求を押し通そうとする行為は、健全な人間関係とは言えません。
「こう言えば相手を動かせるだろう」という決めつけやコントロールは、相手への敬意を欠いた、あまりに甘えの強い振る舞いです。
その判断すらできなくなっている状態を、ただ「追い詰められているから」と見過ごすことは、社会の一つの闇を見ているような心地がします。
2. TiMEは「行政」でも「NPO」でもありません
TiMEは、女性障害者専門の総合「性」サービス、つまり一つの民間サービス(風俗店)です。
私たちは、性を通じてお客様の「心身の自律」をサポートするプロフェッショナルですが、公的な支援団体でも、お金の工面をする場所でもありません。
役割を正しく認識し、自分にできること(サービス)と、できないこと(金銭支援)を明確に分けること。これこそが、私たちが社会の一員として、責任を持って活動を続けていくために不可欠な一線です。
3. 無責任なことをしない、という誠実さ
本当の意味で誰かを想うなら、その人の「自律する力」を信じるべきです。
できないことを「できる」と言ったり、安易な救いの手を差し伸べて依存を深めさせたりすることは、結局のところ、相手の人生に対して無責任であることに他なりません。
だからこそ、私たちは「貸さない」という選択をします。
それは冷たさではなく、お互いが自律した一人の人間として向き合うための、最大限の誠実さと考えています。
最後に
「人の心」とは、相手の甘えを受け入れることではありません。
お互いが自分の人生に責任を持ち、それぞれの場所で全力を尽くすこと。
もし本当にお金に困っているのであれば、それは私たちの役割ではなく、しかるべき行政や専門機関が担うべき領域です。
自分の足元を見つめ、正しい場所へ助けを求める。その一歩を踏み出すことこそが、自律への始まりだと私は信じています。




コメント